ヨーロッパ近自然工学研修レポート

1.はじめに

平成9年の河川法改正に伴い、現在の河川改修では、環境に配慮した整備(多自然型川づくり)の視点が必要とされている。

平成13年におこなわれた『川の会ヨーロッパ研修』では、多自然型川づくり≒近自然工法の発祥の地(スイス・ドイツ)を訪れて、現場で設計者の考えを聞くとともに、歴史や文化、風土を肌で感じてきた。
本レポートでは、それらの体験を通じて「本場の近自然工法」をどう感じたのか、について記述する。

2.参加目的

私が、当時50万円も自費をつぎ込んでまでも、研修旅行に行こうと思った動機は3つ(+1)である。

(1)自分が行っている川づくりへの疑問

当時私は、土木業界に入ってから3年が過ぎ、何本かの河川計画に携わっていた。  そのときから、積極的に「多自然型川づくり」と呼ばれる工法を採用するようにしていたが、その多くは「多自然型川づくり」というものを本質的に理解をせずに計画してしまっているように感じていた。
もちろん、検討段階ではその川の持つ個性を極力活かすような工法や手法を種々検討し、その川独自の改修方法を考えましたが、他河川での事例があるほうが発注者側に受け入れやすいなどの理由から、定型的な計画としてしまった部分が多かったように思っている(思い過ごしかも)。
そのため、多自然型川づくりの原点=近自然工法の発祥地を訪れて、近自然工法とは何か?を肌で感じたいと思っていた。

(2)人との交流

社内にも優れた技術者が多数いるが、今より一回り成長するためには、社外の技術者(日本国外問わず)との交流を行い、新しい考え方や刺激を感じとる必要性を感じていた。
また、近自然工法というものが根付いている(はず)の、現地の技術者や、ユーザーである市民の率直な意見を聞きたかった。

(3)自分の五感で感じるため

多くの書籍により海外の事例が紹介されているが、写真では見えない部分などを、現地に赴き、自分の目や肌で確認し、その良否を確認したかった。
社内には、過去にドイツに行って近自然工法を学んできた人もおり、その人から体験談を聞くことができるのだが、自分の興味を持つポイントと違っていた。
そのため、どうしても自分の目で近自然工法というものを感じたかった。
また、正直なところ、近自然河川工法がほんとうに素晴らしいものなのか?という疑問もあり、訪欧経験者の「ドイツに行った人だけがわかる」という言葉に言い返したいという思いもあった。

(4)個人的理由

海外旅行がしたかった。

3.事例紹介

現地で見てきた事例のほとんどは、書籍や論文などによって日本にも紹介されているため詳細をここでは述べないが、幾つか記憶に残ったものを紹介する。

○木流し水制工

倒木をワイヤーで結んだだけだが、護岸として機能する。これが近自然工法の最先端らしい。日本にも似たような古来から伝わる水防活動の一種に「木流し工」というものがあります。

■倒木と河畔林がワイヤーで連結されている

○スピードを出しにくくする道路線形改良

自動車は、時速60km/sで走行した場合が、最も環境負荷が小さくなるらしい。
あちらの国々は郊外の速度規制が緩く、ついついスピードを出しすぎてしまうため、市街地への入り口にはスピードを落とさせるために、ロータリーや蛇行などが設置されています。
環境には良いらしいが、非常に走りにくい。

■写真奥にロータリーがあり、減速が必要

○3面張り護岸の河床部を再改修の材料に利用

壊したコンクリートブロックを石材と同様においているだけだが、日本では産業廃棄物投棄といわれる可能性がある。

■再改修後の様子

○河岸浸食を目的とした既設護岸の撤去

過去に改修がおこなわれており、あまりにも直線的な河道となってしまったため、既設護岸を撤去し河岸を浸食させた。
水制によって堤防までは浸食しないように制御している。
既設護岸の撤去という荒技?は、ゲルディ氏個人の責任でおこなわれた。

■画面右の堆砂あたりがもとの河岸

○石を積み重ねて造った土石流対策工事

この発想は、日本でも十分に応用可能ではないだろうか?
設計および施工は、設計者と現場主任の2人で内密に(試験的に)おこなわれた。

■石材はオーストリアから輸入

○バッハコンセプト(小川開放計画)

日本でも有名な、暗渠化されていた小川を開放した計画である。
「小川」と聞いていたが、これほどまでに小さいとは思っていなかった。(道路側溝かと思いました・・・。)
ちなみにドイツ・スイスでは水辺が少なく、このような川(水路)が近くにある土地は、べらぼうに地価が上がるそうです。

■ネコでも飛び越えられそうな小川

4.現地の人との交流

近自然工法の先駆者である現地技術者や現地の人との交流を通して、書籍等では決して書かれることのない、近自然工法の本質に近づくことができた。

○コンラディン氏
(スイス・チューリッヒ市部長)

「近自然工法を行うには、工法より思想、時間軸を持つことが必要である。」
コンラディン氏は多忙のため、夕食のみを共にしたが、我々もスイスに到着して初めて会う外国人ということもあり、大変ぎこちない会話となったことが残念である。
大学で近自然工法の講師として若者の指導にあたっているが、定年後に近自然工法の跡継ぎとなる人物で困っているらしい。
そろそろ定年が近く、スイス国内に数件家を持っているが、定年後はカナダに家を買って移住したいそうである。

○ゲルディ氏
(スイス・チューリッヒ州課長)

「工事に失敗したとしても辞職する覚悟などない。次に良いものを作ればよい。」
ゲルディ氏には、自宅で奥様や娘さんを紹介していただいた後、レストランで会食をおこなった。こちらの稚拙な英語をなんとか聞き取っていただきながら、大変なごやかな雰囲気で交流が出来た。
日本人にはない独創的な事業を進める際の心構えや、近自然工法を始めたきっかけ、技術的な話など、さまざまな議題について活発な意見交流を行った。
近自然工法を理解するのには、ゲルディさんとの対談が、もっとも有意義な時間であった。

■ゲルディ氏との会食風景

○ライトバウアー氏
(ドイツ・バイルハイム水利局 設計技師)

「この石組み工事は、維持管理費をやりくりして、上司に内緒でグリュナウアー氏と2人で作ったんだ。」
ライトバウアー氏には、ガルミッシュ市内の土石流対策工事、流木対策工事の現場を案内して頂いた後、昼食を共にした。
現場内での説明などを通して、役所の体制などの実情を知ることができた。
余談だが、彼は勤務時間中であり、昼食後は役所に戻るにもかかわらず、ビールを普通に飲んでいた。つくづくドイツっていいなぁ、と感じた。

■現場にて説明中

○グリュナウアー氏
(ドイツ・ガルミッシュ市河川マイスター長)

グリュナウアー氏には、ライトバウアー氏と同様に、ガルミッシュ市内の現場を案内していただいた。
日本でいう、現場所長のような立場の方で、スイス・ドイツの技術者の給料など、絶対に書籍では知ることのできない話をうかがった。
ただ、話に夢中だったのか、前を見ないで運転していたのが気になった。

■砂防ダムの堆砂ゾーンにて説明中

○マックス氏
(ドイツ・ガルミッシュ市 ホテル・ツア=ブリュッケのコックさん)

マックス氏には、宿泊ホテルで団員同士の晩酌に参加していただいた。
彼も私達もお互いに英語力が無かったため、意志の疎通には大変苦労したが、「マックス氏がマスオさん状態であること」「奥さんやご両親に頭が上がらないこと」「英語を覚えたいこと」など、家族や仕事の考え方などを聞き、ドイツ人も日本人と一緒なんだなぁ感じながら、非常に楽しく一夜を過ごすことができた。

■カメラの性能が悪く、真っ暗・・・

○ビンダー氏
(ドイツ・バイエルン州環境省水利局)

「こんな面白い研修団は見たこと無い!」
ビンダー氏には、ミュンヘン市内の案内とともに、旅の打ち上げとしてビアホールで宴会を開いていただいた。
調子に乗って1リットルのジョッキを一気飲みに挑んだり、ビンダー氏と抱き合ったりしたりと、本場のビアホールの雰囲気は十分に堪能したが、河川技術についての議論は記憶に残っていない。
研修団一同が、よく食べ、よく飲み、調子に乗っていたのが、ビンダー氏には新鮮に映ったようだ。

■写真使ってごめんなさい


以上のような交流を通して、現地の人々がどのような考えを持っているのかを感じることができた。
ただ、技術的な話となると通訳が必要なため、聞きたいことが聞けず、遠回りとなる場面が多かった。 直接会話ができれば、もっと得ることが多いはずで、技術者として海外へ行く場合には、まともな英語が話せるようになる必要があると感じた。
なお、一般的な観光や日常会話は、現地語や英語を話せなくても、単語を繋げることでなんとかコミュニケーション可能である(ちなみ私は英検4級です・・・)。

5.実際に触れてみた近自然工法とは?

日本で書籍を見た限りでは、多自然型川づくりと何が違うのか分からなかったが、実際に現地に赴き、現場を見て、設計・施工した技術者と交流したことで「近自然工法」というものの本質に近づけたのではないかと思う。
近自然工法とは?

日本で紹介されている書籍では、事例紹介がページのほとんどを占めているため、近自然工法とは、『自然素材を用いた工法や、「特定種の○○に配慮しました。」という工法』と思っていました。
しかし、近自然工法とは、「工法」ではなく「思想」である、と私は解釈した。

もっと正しく言うのなら「試行錯誤をしながら、自然に負荷をかけない方法で共存していこうという考え」である。

また、近自然工法はすべてを自然にしようとするものではなく、むしろ、自然を保全・存置する部分と、人間が利用する部分を明確にゾーン分けしようとする思想である。
従って、その背景・思想を軽視し、「工法」や「事例」だけを日本へ持ち帰り、伝達する事は行ってはならないと感じた。
近自然工法の詳細は、「近自然工学 ~新しい川・道・まちづくり~(山脇正俊著)」を参考にすると良い。研修前に読んだ時は、なぜ事例が少なく、考え方ばかりが書いてあるのか理解できなかったが、今では本の構成に納得できるようになった。

6.なぜヨーロッパでは近自然工法が可能なのか?

数々の現場見学や交流によって近自然工法についての理解が深まりましたので、なぜスイス・ドイツでは近自然工法が可能なのかについて整理してみました。

(1)風土の違い

・環境保護団体の存在
欧米では、昔から、河川に限らず環境保護団体(NGO、NPO)による自然保護活動が活発であり、事業を進めるためには彼らとの協調が必要不可欠です。今後は日本でも確実にそうなるでしょう。

・住民の意識の相違
実際に現地に行ったことで、環境に配慮した道路線形改良に対して住民は不満を抱いていること、メディアでよく紹介されている信号待ち時のアイドリングストップがほとんど行われていないことなど、住民意識を垣間見ることができた。
また、住宅の庭は様々な草花を用いて綺麗に飾られていたが、日本人に比べ特別に環境保全に興味が強いわけではないのではないかと感じました。おそらく、美意識の違いではないだろうか?

・植物相の違い
現地を見て気付いたのは、日本で「雑草」と呼ばれる植物が無いということである。
日本では、河川改修後など、更地を自然のまま放置すると、オオイタドリやササ、ヤナギなどで鬱蒼とした風景になる事が多いのだが、それが無い。
市街地で近自然工法を行っても背丈の低い草花しか生えず、住民から苦情が生じないため、住宅街でも近自然工法を採用することが可能なのだろう。
どのような虫が生息しているのか調べることができなかったが、蚊に刺されることはなかったし、ハチやアブも見かけなかった。

■雑草も心地よい

(2)工事体制の違い

・工事の発注方法(スイス)
近自然工法を用いた工事では、業者を限定して発注している。経験豊かな業者にのみを指定することで、近自然工事のレベルを維持している。

・工事の発注方法(ドイツ)
設計から施工まですべて国(州)の直営で行っている。民間のコンサルタントや土木業者も存在しているようだが、災害時など、緊急時にしか頼まないようだ。

・発注者の管轄範囲
技術基準は、国ではなく、州や水利局などにまかされており、自由度が高い。
ただ、その管轄範囲は日本で想像していたよりもかなり狭く、土木現業所の1出張所よりも小さい。
またドイツでは、バイエルン州が最も近自然工法が盛んなようだ。

■面積の比較

都市名 面積(k㎡) 人口(万人)
チューリッヒ州 1,700 110
バイエルン州 70,500 1,180
バイルハイム水利局 1,000 8
北海道 83,400 570
札幌市 1,120 180

(3)技術者の違い

・技術力
多くの現場を見たが、日本人にはできないような、ずば抜けて素晴らしい技術力を持っていると感じた事例はなかった。技術力のみで見ると、日本人とあまり変わらないと思われる。

・意識
「とりあえずやってみよう!」や「失敗したらやり直せばいい。」など、一見楽観的に見える考えを持っていた。日本の場合には会計検査で挙げられるのが怖く、「失敗してもいい」とはなかなか言い切れないため、同じ分野の技術者として、うらやましく感じた。
ただ、日本でも順応的管理(adaptive management)と呼ばれる手法が普及すると変わってくると思われる。

・社会的地位
今回お会いできた技術者の方々は、皆、いい家に住み、なかなか幸せそうであった。
スイス・ドイツでは土木技術者に対する給料や待遇は良いようである(お会いした人が皆有名人というのもあるが…)。

7.雑感

○近自然工法について

ゾーン分けや数年後を見据えた改修方針など、考え方がしっかりしていたように思った。前途のとおり、日本とは背景が違うが「多自然型川づくり」の基本的な考え方として取り入れていきたい。

★近自然工学では時間軸を意識することが大事!

ただ、想像していたよりも、あらゆるスケールが小さかった。 スイスでは、近自然工法による改修工事が始まってから20年が経過しているということで、現地に行けば近自然による改修河川がゴロゴロあると思っていたが、多くの河川では日本と同様(コンクリート3面張りなど)の改修が行われていた。  また、コンラディン氏の後継者が育っていないという話も聞いており、日本で思っていたほど近自然工法は発展していない様に感じた。

○海外旅行として

初めての海外旅行であったため、すべてが物珍しかった。また、町並みが綺麗で、早朝から色々な所へ散歩に出かけた。 散歩中、買い物や道を尋ねる程度の事は、自分の稚拙な英語でもなんとかなるというのが分かり、自信になった。★何事も自分で確かめよう!
また、普段なら仕事している時間に、昼間からお酒が飲めるのがたまらなく良かった。日本でも食事時にアルコールを飲む習慣が根付かないものだろうか。

旅行前にチェックしていた観光地(ロマンチック街道など)はいまいちだったが、ほとんどノーマークだったライン瀑布(おおきな滝)は感動ものだった。
また、料理がおいしくボリュームも多いため、ついつい食べ過ぎて太らないように注意が必要である(私はもう手遅れ)。

○旅のまとめ

・これから海外研修に行く方へ
現地の人とのコミュニケーションは絶対に大事である。海外まで行って事例見学をして帰ってくるのではお金の無駄!事例は日本でも十分に知ることができる。 ★既存の情報はフル活用しよう!
また、今回は民間コンサルタントとお会いする機会が無かったが、そのような方の話も聞いてみると参考になるのでは?と感じた。

・快適な旅行のために
外国に入国の際は、日本人には審査が甘いようで問題は全く生じなかったが、帰国時は綺麗な格好で帰ってきた方が良いだろう。 無精ヒゲや洗濯をしていないシャツを着て汗くさいなどは大間違いである。千歳空港は国際線が少ないため、チェックが厳しくあやしまれる。
帰国後の楽しみとして、お土産くばりがあるが、肉類(ソーセージやハム)は没収されるので止めた方が無難。
最低限の単語は言えるようにしたほうが、旅は楽しめる。ドイツ語圏内では、次の単語を覚えておけば、潤滑なコミュニケーションが(私の経験上は)可能である。

ダンケシェー (ありがとう)
アイン (1)
ツバイ (2)
ドライ (3)
ブロースト (乾杯!)
ドゥンケル (黒ビール)
バイスビア (普通のビール)
デンマーク (アイスクリーム3点盛り)
スイスレディ (お子さま向け花火付きアイスクリーム)

8.さいごに

日本の河川管理は、点や線から面的整備(流域全体を考えた整備)へと移行しつつあり、特に北海道においては、釧路川や標津川の蛇行復元など、自然再生事業とよばれる河川改修もおこなわれている。
この研修で知ることのできた近自然工法での改修事例はわずかではあるが、私は、今現在おこなわれている日本の多自然型川づくりは、スイス・ドイツの近自然工法に決してひけをとるものではないと感じた。
しかし、私たちコンサルタントにとっては、「日本とヨーロッパでは、どちらが優れているか」という単純な比較は必要ではなく、おのおのの優れた考え方を取り入れ、現場条件に最も適した思想・工法を選定する(もしくは事業を中止する)ことが重要な事だろう。

なお、この研修旅行では、本場の近自然工法に触れる機会が多数あった事はもちろんだが、初めての海外旅行であり非常に貴重な経験を得た。
朝からビールで酔っぱらえる開放感、毎日3食デザートを食べられた幸福感、デパート売り場の水着ショーを撮影したばっかりに警備員に捕まってしまい怖い思いをしたミュンヘン市内観光、千歳空港では麻薬犬になつかれて別室でボディチェックを受けた事など、いまだ記憶に新しい。

最後に、この研修に参加し、団員の皆様と素晴らしい思い出といろいろな体験を出来たことに感謝すると共に、長期休暇をくださった職場の皆さん、そして突然の参加申し出に快く対応してくださった川の会の皆さんに改めて感謝いたします。 また、この駄文を最後まで読んでくださった方々にも感謝しつつ、このレポートを締めたいと思います。
みなさん、ありがとうございました。

文責:香川 誠

2000年6月7日